こんにちは。もりこねです。
先日、友人から「今年はどんな年だった?」ということと「来年の抱負」を聞かれまして、とっさのことと少々酔っ払っていたことから(笑)、話が支離滅裂になってしまうという出来事がありました。
酔いが覚めた今(といっても二日酔いがつらい)、それを整理すべく、ここで今年の振り返りと来年の抱負なんていうのをしてみようかと思います。
自分の備忘録も兼ねることになるので、「そのへんの50代主婦の戯言など興味がねぇ!」という方は、そっと離れていただくとしまして、「ごく普通の一般人の人生に興味があるわ 」という方(私はそうです)は、ほんのちょいとでもお時間をいただけると幸いです。
2021年の振り返り・ブログ運営に明け暮れた1年
今年は、ブログ運営に始まりブログ運営に終わるといっても過言ではないほど、脳内はブログ一色でした。
ブログ運営にある程度慣れてきた頃に、前からやりたかった「無肥料無農薬プランター栽培」に挑戦することになったのですが、共通する点は、どちらも自分が思い描く現実化には時間が必要であること。
そして、どちらも「育てる」ということです。
ブログ運営とプランター栽培を中心に、2021年の振り返りをさせていただきます。
ブログ運営を始めました
2021年といえば、ワードプレスでブログ運営を始めた元年です。
ITには苦手意識があり、仕事でワード、エクセル、パワーポイントの基本操作程度のスキルである私であっても、この1年の間は、おかげさまで特に大きな問題なく運営できました。
それもこれも、サーバー会社であるエックスサーバーをはじめ、ワードプレスやネット上の先輩ブロガーさん達の有益情報があったからに他なりません。
ちなみに、当サイト初ブログにして「ワードプレスのブログを始めた理由」を書いた記事はこちら↓です。
ブログ運営で一番辛かったのは、ブログ仲間やブログに関して相談する人がリアルでは一人もいない状況だったことです。
その中で、我ながら腐らず(?)やってきたと自負しております(笑)。
ここで、自己満足極まりないのですが、自分なりにやり切ったなと思えるポイントを挙げていきます。
- 寝ても覚めても考えるのはブログのことばかり(それは恋?それとも変態?)
- 飽きっぽい私がコツコツ記事を書き続け100記事を達成(今回で112記事目)
- 記事作成は自分と向き合う作業で苦しい時もあったが今は乗り越えた感がする
- サイトデザインはセンスもスキルもなしだか自力で挑戦(改善の余地アリアリだが)
- GoogleアドセンスとAmazonアソシエイト(もしもアフィリエイト経由)審査に合格
- アドセンスとアフィリエイトで微々たる額だが収益がっ!
- PV数や収益は自分が思い描く現実にはならずともウツにならなかったぞ(笑)
なんとなくわかってはいたのですが、PV数や収益・・・魔法や奇跡のない「現実の厳しさ」を思い知らされました。
でも、とりあえずは「種蒔き」という行動ができ、「0→1」を生み出せた(発芽した?)ことだけでも、初年度はまあよしとしています。(自分に甘いのです)
それに、ブログ運営は、PVや収益なんて目じゃないほどの楽しさや心の豊かさ、たくさんの学びや気づきを与えてくれました。
反省点があるとすると、ワードプレスでブログを運営している「気持ち」を誰かにわかってもらいたく、会う友人に会う友人についつい語り過ぎてしまうことでした。
自分のブログを見てもらうことは実はいまだに恥ずかしいのに、ブログの話をしだすと止まらなくなってしまうのです。
みなさん、優しくて大人なので話を合わせてくれますが、それほど興味のないブログ話をマシンガントークされた日にゃ、私だったらうんざりしますぜ(苦笑)。
かなり迷惑をかけたというのか相当イタいことをしてしまったんだなと、空気の読めない私は今頃気づいた次第です。
これからは、ブログ仲間を作った方がいいのかもしれませんね。気持ちがわかり合えるし、情報交換もできますから。
今後、気をつけたいと思いまーす。
もう一つの反省点。
Googleアドセンスの広告は、現在自動広告にしているためか、「うざい」と思っている方も少なくないんじゃないかと思います。
自動広告以外での広告設置の方法は調べないとわからないことから、そこまで手が回っていない状況です。(下手に触ると怖いので、適当にちゃちゃっとできない)
それも、今後改善していきまーす。
※ ブログでもユーチューブでも「広告が多い」と文句を言う人が少なからずいるそうで、私も以前はその気持ちがわからないでもありませんでした。でもある日、私がまだこのブログを始める前のことですが、とあるユーチューバーの「タダでみてるのに広告が多いと文句を言うことはお門違いですよねぇ」という言葉にストンとハラ落ちしまして、それ以降は広告がそれほど気にならなくなりました。(注:個人の感想です)
無肥料無農薬プランター栽培にチャレンジ
今年の9月に秋蒔きから始めた、ベランダでのプランター栽培。
それも、家庭菜園の経験のないど素人が、無肥料無農薬栽培という難易度高めにいきなり挑戦したので、「いったいどこに向かっているんだ?」「今度は何をやるつもりだ?」と周りからは半ば呆れられました(笑)。
ちなみに、プランター栽培を始めた理由は、この記事↓にあります。
急に「やってみたい」と降りてきた(?)わけではなく、前からずっとやりたいと思っていたものの、物理的に難しかっただけなんですけどね(苦笑)。
それに、プランター栽培は生き抜くための地に足着けた行動の一つであると思っています。
無肥料無農薬に拘っているのは、単に肥料代や農薬代が必要なくなるということと、「種採り」をすることで食いっぱくれないという理由なだけで、地球全体の環境云々だとか思想信条云々・・・というような崇高なものではありません。
極めて自分本位なのです(笑)。
私が好きな言葉に、サントリーの創始者の「やってみなはれ」という名言があるのですが、これを心の支えにしながら、先のブログ同様、リアル相談者がいない状況で、ネットと本を頼りに独学でやってみました。
それでは、プランター栽培をやってみて現時点でよかった点を挙げてみます。
- 土を触ると心が落ち着くのは本当だった
- 発芽した時は狂喜乱舞した(笑)
- 育っていく様をみるのは単純にうれしい
- 収穫できた時はなおうれしい
- 収穫したものをいただく時には、自然と感謝の思いになった
- 野菜は味付けなどしなくてもそのままで十分美味しいことがわかった
- 日記をつけるのが苦手な私でも「観察日記」をつけ続けることができた
栽培した野菜は、ミニマル大根(収穫&生育中)、人参(生育中)、水菜(収穫&生育中)、イタリアンパセリ(収穫&生育中)、ほうれん草(生育中)です。
反省点はたくさんありますが、その中でも「間引き」のタイミングを逃したことから、小さく育ってしまったのではないかと思っています。
土作りは、無肥料栽培家の岡本よりたかさん流なのでOKとしましても、種の蒔き方や水やりの頻度を改善する必要があると思いました。
いや逆に、岡本さん流の土作りがあったからこそ、私の超適当栽培でも収穫することができたんですけどね。
ただ、人参の育ちがあまりよろしくないことから、植物性の肥料(ケミカルではない)を使う方法を取り入れてみてもいいのかなとも考えています。
失敗を冷静に分析し次に活かしていくためにも、自己流だけでなく、経験豊かな栽培家から教えてもらうことや、そういった方々とのつながりを持つことが、今後必要なのでしょう。
その他実現できたこと
上記の2つ以外で、実現できたことをいくつか挙げてみます。
- 夫婦で北海道バイクツーリングができたこと
- 自分も周りの人も健康で過ごせたこと
- すっごく会ってみたいと思っていた人に会えちゃったこと
北海道ツーリングと健康であることだけでも十分幸せなのに、今年は思いもよらない嬉しいことが舞い込んだ年でした。
引きこもりの1年でしたが、それがかえって好きなことに没頭できる時間を与えてくれ、そこから少しずつでも道が拓けたのかもしれません。
このご時世でこんなことをいうのは不謹慎だとご批判を受ける覚悟で正直に申し上げますが、私にとっては、これまでになく本当に充実した好い年だったと感慨深い思いでいっぱいなのです。(周回遅れ?のリア充アピールをしたいわけではありませんよー)
2022年の抱負・現実を直視し2年ぶりの社会復帰を目論む
毎年の「抱負」は、これまであまり考えたことはなかったのですが、これも先の友人から聞かれたことで、これを機にまとめてみます。
社会復帰できたら一生懸命に仕事をすること
現実問題、生きていくためには、ある程度の収入が必要です。
食料や生活用品、住む家にかかるお金の他に、なんといっても5割?近くを占める「税金」を払わなければいけませんしねー。(ほーんとぜいきんたかすぎくん)
この1、2年の引きこもり生活で、自分がやりたいと思うことに没頭してきたものの、生活するための収入を得るにはほど遠いという厳しい現実を肌で感じ、そろそろ地に足着けた活動をしようと思い始めていたのです。
ほぼ2年ぶりの社会復帰を目論み、それができた暁には、まずは目の前の仕事を一生懸命やることを一番に考えています。
情報は鵜呑みにせずに精査し冷静に対応したい
情報の受け取り方に気をつける、情報を精査をして鵜呑みにしない、情報の取捨選択をする・・・ということは、昨年、今年と意識してきたことですが、来年はますます大事になってくるであろうと感じています。
過去に、情報の受け取り方云々についての記事を挙げていますので、よろしければどうぞ。
玉石混淆、魑魅魍魎(?)の情報が錯綜している昨今ですが、これからの世界は、情報がさらに偏ってしまうと危惧されている方もいます。
まあ、その情報自体もどこまで信憑性があるのかは、今の私にはわかりませんけどね。
私は、ご立派なお医者さんでもお偉い学者さんでも真実系ユーチューバーでも占い師でもスピリチュアリストでもなんでもないそのへんの主婦で、こうやってブログ運営はしているものの、情報を受け取る割合の方が高いです。
だからこそ、意識していることがあります。
入ってくる情報を、一面だけ見てすぐに決めつけないことです。
最近だと、「それ、陰謀論だから!」で終わってしまうことも多いようで、たしかに本当にただの陰謀論のエンターテイメントもあるのでしょうが、「もしかしたら陰謀論じゃなくて本当に陰謀だったりしてねー?」なーんて疑問を持つことがあってもいいのかなとも思っています。(あくまで私の場合はです)
また、「政府のやっていることはおかしい!」と怒り心頭な意見はごもっともですが、こんなにあからさまに矛盾する誰でもわかるバカっぽい(?)ことをしてくだすっている政府をみながら、「こうなっちゃうのはなんでかな?」「何か伝えたいことがあるのかな?」なんて疑問を持つことで、冷静に俯瞰してみることもできるのかとも思っています。(ビビリな私が政府に喧嘩を売っているわけではありませんよ、単純に疑問に感じただけです〜はい〜・・・汗汗)
これらの考え方は、人からいただいた情報の中でしっくりくるものを取り入れた結果です。
だから、すべての人に適合(こんな表現しかできませんが)するわけではないと思います。
そして、これまでに取り入れた情報は、私にとっては決して都合のいいものや心地いいものばかりではなく、逆に知りたくもないものを知ってしまい、メンタル的にきついと感じたこともありました。
その情報だって真実かどうかは正直わかりませんが、今の私にとってはそれが腑に落ちるというだけです。(時が経てばまた変わる可能性は大です)
何が正しいか間違いかなんて誰にもわからないし、そもそも正しいも間違いもないんじゃないかと思っているくらいです。
だったら、様々な情報から自分が本音で感じることを選択すれば後悔しないし、何があっても責任を取れる、そんな覚悟ができると思っています。
自慢できるものも何もない平々凡々のただの主婦ですが、こんなふうにしていたら、今のようなご時世になってもこれまでと変わりなく比較的穏やかに日々を過ごせているので、それで十分幸せを感じています。
考え方や価値観の違う人ともいい距離感で付き合えるといいな
私が就職支援の仕事をしている時にご一緒した女性の先輩が、時折使っていたすごくいいなと思う言葉があります。
「あなたはそう思うのですね、でも私はこう思うのですよ」
たとえ相手と違う考えや意見であっても、それを否定肯定などのジャッジをせずに、「そうなんですね」と受け入れ、そのうえで自分の考えをきちっと伝える方法です。
これなら、考え方や価値観の違う人とも、傷つけ合ったり仲違いをせず、いい距離感で付き合っていけるのではと思い、取り入れるようにしてきたつもりだったのですが・・・
いつの間にか、忘れていました(苦笑)。
その先輩は、カウンセリング系の資格を持っているわけではなく、就職支援の仕事の場だけにこの言葉を使っているわけでもなく、日常会話でもそんな感じなのです。
それもあるのでしょうか、多くの人から慕われています。
これまでも考え方や価値観の違う人と関わることがあり、その付き合いに疲弊している自分がいましたが、先日その先輩に再会した際に、この言葉を思い出しました。
「あなたはそう思うのですね、でも私はこう思うのですよ」
相手をジャッジしたり傷つけたりするわけではなく、自分を犠牲にすることもない、なんてシュッとした大人な表現方法なんでしょう!
相手の意見を尊重しながらも、自分の考えや思いも伝えることができる、人間関係を円滑にできる可能性に満ちています。
考え方や価値観の違う人とは、無理して付き合う必要もないのでしょうが、仕事や学校など、どうしてもすぐには離れることのできない人間関係では、この言葉は有効だと私は思います。
私の経験では、口に出さずとも、心の中でつぶやくだけでも、冷静になれました。
この世の誰一人として、自分とまったく同じ考え方や価値観の人はいないのだから、わかり合おうと思うと難しくなります。(ていうか、不可能なんじゃね?なんて私は思っています)
だったらせめて、相手の考えや価値観を否定しないこと、その考えに行き着いた相手を尊重することだけは、心がけていきたいと思っている次第です。
にしても、いやー、難しい!
私の一番の課題かもしれません。
けど、今日からまた意識していきます。
自分にとって必要なものとそうでないものを見極めること
私はこれはいいというモノ、ヒト、コトについて人に勧めることはあるのですが、あくまで情報提供としてそうしているだけであり、その人が私の情報を取り入れるかどうかは、その人次第だという心持ちでいます。
自分がそんな感じなので、他人が良かれと思ってせっかく勧めてくれても「今の自分には必要ないかな」と思えば、たとえ友人であろうがなんだろうが、いとも簡単に断ってしまいます。
多くの人が、「それ」をやっていたとしてもです。
自分にとって何が必要なのかは、本当に自分にしかわかりませんから。
それで、冷たい人間、変わり者、自分勝手、我がままといって離れていく人もいるのでしょうが、それならそれでいいと思っていますし、それで自分の生活に支障が出るとも到底思えません。
優しさや思いやりを発動して無理して周りに合わせたり、周りの目を気にしたり、世の中の風潮だけで何も考えず何かを選択したりということだけは、今後も避けたいと思っています。(どうしようもない時は、どうしようもありませんが)
ついでにいってしまうと、その結果何が起ころうとも、その責任は自分自身でするしかないので、私はその覚悟も含めて、必要であるかどうかを見極めるようにしています。
何が必要かどうかは人よって違いがあるのだから、家族だからとかお友達だからということだけで、多少似通ったところはあれど、全てにおいて必要なものは同じだよね、なんていうことは本来あり得ないのです。
でもまあ、そういう違いのある人同士でも、分断せずにいい距離感で付き合っていけるような成熟した人になることが、私の目標でもあるんですけどね。
おわりに
2021年の振り返りと2022年の抱負を、2つまとめて記事にしてみました。
2022年の抱負で予想外の長文となっていましましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
また、今回は振り返りのきっかけを与えてくれ、じっくり話を聞いてくれた友人に感謝をしつつ、2021年に弊ブログを読んでくださった方に、心からのお礼の気持ちを込めて、この記事を綴りました。
2022年、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
ありがとうございました。